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名古屋地方裁判所 昭和62年(ワ)2720号 判決 1989年2月22日

原告

柴田寛治

被告

有限会社日生運輸

ほか一名

主文

一  被告らは、原告に対し、連帯して金一四五〇万四六五一円及びこれに対する昭和五九年二月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを四分し、その一を原告の負担とし、その余は被告らの連帯負担とする。

四  この判決は原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、連帯して金一九一一万六八六八円及びこれに対する昭和五九年二月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二請求原因

一  事故の発生(以下「本件事故」という。)

1  日時 昭和五九年二月一八日午前九時四五分ころ

2  場所 瀬戸市半田川町一六八三番地先路上(国道二四八号線)

3  加害車両 大型貨物自動車(福山一一く四三八九)

右運転者 被告中島忠夫(以下「被告中島」という。)

4  被害車両 普通貨物自動車(尾張小牧四四せ五七一二)

被害者 原告

5  態様 被告中島が業務中ハンドル操作を誤り加害車両が中央線を越えたことにより、交通渋滞のため対向車線上に停止中の被害車両に正面衝突したもの

二  責任原因

1  一般不法行為責任(民法第七〇九条)

被告中島は加害車両を運転中、ハンドル操作を誤つた過失により本件事故を発生させた。

2  使用者責任(民法第七一五条第一項)

被告有限会社日生運輸(以下「被告日生運輸」という。)は、運送業を主たる業務とする有限会社であり、被告中島を作業員として雇用し、同人が被告日生運輸の業務の執行として加害車両を運転中、前記過失により本件事故を発生させた。

三  損害

1  受傷、治療経過等

(一) 受傷

原告は、本件事故により、頸部挫傷、外傷性頭頸部症候群、右側胸部挫傷、左膝挫傷、右下肢挫傷の障害を受けた。

(二) 治療経過

(1) 入院

昭和五九年二月二一日から同年四月二一日まで(六一日間)鈴木整形外科病院

(2) 通院

ア 昭和五九年二月一八日から同月二〇日まで(二日間)陶生病院

イ 昭和五九年四月二二日から同年九月三日まで(一三五日間、内治療実日数一〇六日)鈴木整形外科病院

ウ 昭和五九年八月一五日から昭和六一年九月二四日まで(七七一日間、内治療実日数二一五日)国立名古屋病院

(三) 後遺症

右(一)の受傷により、原告には外傷性頭頸部症候群につき頭頸部の疼痛、頸部運動障害、左前腕から手指の知覚障害、上肢腱反射低下、左手指拘縮(運動制限)の後遺障害が残つた(症状固定昭和六一年九月二四日、後遺障害別等級表第九級一〇号該当)。

2  治療関係費

(一) 治療費 金二〇一万二六九八円

(二) 入院雑費 金二万一二五〇円

(三) 通院交通費 金四六万二九五〇円

3  逸失利益

(一) 休業損害

原告は事故当時株式会社陶苑かね吉に勤務する会社員で一日平均六〇二七円の収入を得ていたが、本件事故により昭和五九年二月一八日から昭和六一年七月三一日まで(八九五日間)休業を余儀なくされ、その間賞与減額分金八二万三五〇〇円を含めて合計金六二一万七六六五円の収入を失つた。

(二) 後遺症による逸失利益

原告は、前記1(三)の後遺障害のうち特に深刻な左手指拘縮(運動制限)及びこれによる握力低下のため労働能力面での機能障害が著しく、左手指をあまり使わないでできる軽作業のみが可能という状態であり、事故当時五五歳、現在六〇歳の原告にとつて就労可能年数である六七歳までに、事故当時勤務していた前記株式会社(昭和六二年二月二〇日任意退職を余儀なくされて退職した。)において従事していた陶器の配達(貨物自動車の運転を含む。)・販売の業務に復帰することは不可能であつて、原告には右後遺症によつて以下のような損害が生じた。

(1) 原告は、症状固定の翌日である昭和六一年九月二五日から昭和六三年一一月二四日までは、職業安定所や知人にあたるなどして努力したにもかかわらず就職することができながつたが、このことは原告の従前の業務、年齢、後遺症の内容からして通常生じうる損害であるから、右期間においては事故前の収入を基準とした休業損害相当の損害が生じたというべきであり、その損害額は、事故前三か月間の一日平均賃金額六〇二七円に右期間日数七九二日を乗じてそれに夏期一三万五〇〇〇円・冬期二四万三〇〇〇円の賞与分をそれぞれ二年分加えた金五五二万九三八四円である。

(2) 昭和六三年一一月二五日以降については他の軽易な労働に従事することも考えられるから、右後遺症による将来の逸失利益は、事故前の年収二五七万七八五五円(一日の平均賃金×三六五+年二回の賞与分)に労働能力喪失率三五パーセント(後遺障害別等級表第九級相当)と係数五・四一七(原告は症状固定時五八歳であり就労可能年数は九年であるから新ホフマン係数は七・二七八であるところ、前記(1)により休業損害相当の損害が発生した期間の末日である昭和六三年一一月二四日には症状固定後既に二年を経過しているから二年相当の新ホフマン係数一・八六一を減じて係数五・四一七が求められる。)を乗じた金四八八万七四八四円である。

4  慰藉料

(一) 入通院慰藉料 金二〇〇万円

(二) 後遺症慰藉料 金六〇〇万円

5  弁護士費用 金一七〇万円

四  よつて、本件事故により原告に生じた損害額は右のとおり合計金二八八三万一四三一円であるところ、原告は被告らから既に治療費二〇一万二六九八円、入院雑費二万一二五〇円、通院交通費四六万二九五〇円、休業損害額六二一万七六六五円、内払金一〇〇万円の合計金九七一万四五六三円の支払を受けたので、原告は、被告らに対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき右損害総額から右支払額を控除した残額金一九一一万六八六八円及びこれに対する不法行為の日である昭和五九年二月一八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三請求原因に対する認否

一  請求原因一及び二は認める。

二  請求原因三1のうち(一)(二)は認め、(三)は否認する。原告は昭和六一年七月三一日症状固定し後遺障害別等級表第一四級一〇号の後遺症を残したものである。同2及び同3(一)の事実は認め、同3(二)(1)(2)の事実は否認する。ただし、原告の年収が金二五七万七八五五円であつたことは認め、逸失利益は金二三万九八七〇円の限度で認める。同4は入通院慰藉料につき金一四五万円、後遺症慰藉料につき金七五万円の限度で認め、その余は否認する。同5は知らない。

三  請求原因四のうち、既払金の関係は認める。

第四証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因一及び二の事実は当事者間に争いがない。

二  請求原因三1のうち(一)(二)の事実は当事者間に争いがなく、原本の存在及び成立ともに争いのない甲第八号証、第一九号証並びに各鑑定の結果によれば、同(三)の事実を認定することができる。

三  請求原因三2及び同3(一)については当事者間に争いがないので、同3(二)(1)(2)後遺症による逸失利益について判断する。

弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第二二号証、成立に争いのない甲第二七号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、主として左手指拘縮の後遺症により事故当時に勤務していた株式会社陶苑かね吉における陶器の販売・配達の業務に復帰できず、事故時以降休業し昭和六二年二月二〇日任意退職を余儀なくされ、一時失業保険を受けたほか全く無収入になり、職業安定所に行くなどしたが昭和六三年一一月二四日の時点でなお失業中であつた事実が認められるところ、原告はこの事実に関し、原告の従前の業務、年齢、後遺症の内容からすれば、原告は昭和六三年一一月二四日まで就職できなかつたことは通常損害であるから休業損害同様得べかりし利益の全額が逸失利益であるが、同日以降は労働能力喪失率と喪失期間とを考慮して逸失利益が算定されると主張するのでこの点について検討する。

後遺症による逸失利益は、一般に事故前の所得に労働能力の喪失割合を乗じ、これに喪失期間(症状固定時から就労可能年限まで)に対応するライプニツツ式または新ホフマン式係数を乗じて算定するのを相当とする場合が多いが、これは交通事故による傷害が治癒した後、後遺症が残つたため従前の収入ないし労働能力の全部又は一部を喪失したことによる損害であるから、症状固定時を基準とし将来に向けてその後遺症がなかつたならば得られたであろう収入から後遺症を持つ状態で得又は得るであろう収入を控除したもの、もしくは、後遺症による労働能力の喪失割合そのものを金銭的に評価したものを基礎として逸失利益と評価するものであつて、後遺症により労働能力の一部を喪失した場合には、事故当時の現職に復帰できないまでもより軽易な職業に就くことを少くとも可能性として予定しており、一応症状固定と診断されながらその後も後遺症の状態が変化して労働能力が段階的に回復あるいは後退した事実が認められるというのであれば格別、症状固定後における現実に就職していなかつた任意のある時点をとつてそれ以前は症状固定後であつても休業損害相当額をそれ以後は労働能力喪失割合と喪失期間によりそれぞれ逸失利益とすることは相当ではない。

また、本件事故発生の日である昭和五九年二月一八日の時点あるいは症状固定時である同六一年九月二四日の時点において、原告が同六三年一一月二四日時点において就職できないことにより症状固定の日の翌日から同日まで休業損害相当額の利益を逸失することが通常であると認めるに足りる証拠はない。

ところで損害賠償制度は、被害者に生じた現実の損害を填補することを目的とするものであるから、被害者の年齢、従前の職業、後遺症が日常生活、労働能力に及ぼす具体的影響等により労働能力喪失表に基づく労働能力喪失率(これは一応の目安というべきものである。)以上に収入の減少を生じると認めるのが相当な場合には、その収入減少率に照応する損害の賠償を請求できるといわなければならない。そこで、本件事故による後遺障害によつて原告にどれだけの労働能力の喪失が認められるかについて判断するに、原告は、前記認定のとおり症状固定昭和六一年九月二四日、後遺障害別等級表第九級一〇号該当の後遺症を残したものであり、労働能力喪失表によれば労働能力喪失率三五パーセントとされているが、前掲甲第一九号証、第二七号証及び原告本人尋問の結果並びに各鑑定の結果を総合すると、原告は、症状固定の日以後その労働能力を四〇パーセント程度喪失したものとみるのが相当である。したがつて、原告の後遺症による逸失利益は、事故前の年収二五七万七八五五円(年収額については当事者間に争いがない。)に労働能力喪失率四〇パーセント及び新ホフマン係数七・二七八(症状固定時原告は五八歳であつたから就労可能年数を九年とみる。)を乗じた金七五〇万四六五一円(円未満切り捨て)と算定できる。

四  請求原因三4について

当事者間に争いのない本件事故の態様、原告の傷害の内容、治療の経過、後遺障害の内容程度、その他記録上明らかな諸般の事情を考えあわせると、入通院慰藉料額は金一八〇万円、後遺症慰藉料額は金五〇〇万円とするのが相当である。

五  損害の填補及び損害(残)額

以上によれば、原告の被つた損害は合計二三〇一万九二一四円となるところ、右のうち、九七一万四五六三円が弁済されていることは当事者間に争いがない。

よつて、損害(残)額は一三三〇万四六五一円となる。

六  請求原因三5について

本件事案の内容、審理経過、認容額等に照らすと、原告が被告らに対して本件事故による損害として賠償を求めうる弁護士費用の額は金一二〇万円とするのが相当である。

七  結論

以上によれば、本件事故によつて原告に生じた損害額は合計金一四五〇万四六五一円となる。

よつて、被告らは、各自原告に対し金一四五〇万四六五一円及びこれに対する本件不法行為の日である昭和五九年二月一八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があることとなるから、原告の本訴請求は右の限度で正当としてこれを認容することとし、その余の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条本文及び第九三条第一項ただし書を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 上野精)

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